【先月のインスパイアードトークでの内容につきまして】
先月はinspired talk vol.2をご視聴いただきありがとうございました。
少し時間が空いてしまいましたが、おさらいと補足などを話せたらよいかと思います。
今回は「生と死~カルマの法則~」の話でカルマにより設定された宿命と運命について色々とお話しました。
まずはvol.1のおさらいで、生と死後で違う部分とつながっている部分があるとお話しました。
違う部分は肉体の有無、つながっている部分は霊魂です。
肉体を持っている生の経験の段階で、私たちは様々な行為をします。
その行いの結果は潜在意識にある特定の種を蒔き、その種は開花するのを待っていて条件が整った時に花開きます。
今生で経験するすべての出来事は生前を含めた過去に蒔いた種の結果であり、またその経験を通して生じた印象が新たな種を蒔くのです。
原因と結果の法則を聞いたことはあると思いますが、現在起こっていることはすべて何かしらの結果であり、また未来の種(原因)を作っているのです。
そこで今回は質問もあり、【宿命と運命】にスポットあててお話しました。
カルマを宿命「静」と運命「動」という二つの視点から見てみましょう。
この世のすべてが過去に為した行いの結果であるならすべては決められた事、設定されたことになり未来は変えられないのではないか?
この質問には一つの側面から見るとYES、もう一つの側面から見るとNOということになります。
それは現在起こっている行為の結果を大きく二つに分けると、宿命「静」と見る視点と運命「動」として見る視点があるからです。
カルマを過去の行いの結果として見る場合、それは種を宿しているという意味で決められたものである宿命「静」という見方ができます。
カルマをこれから未来を作る原因として見た場合、それは新たな種を生み、未来へ運ぶという意味で、選べるものである運命「動」という見方ができます。
つまりカルマと一つの言葉で話しますが、静的な側面と動的な側面二つの視点から見ることができるということです。
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<過去の行いの結果として見る場合> 宿命「静」
例えば、
●目の前に美味しそうなケーキがあります。ケーキを見ているのはダイエット中の女性で甘い物が大好きという特徴があると仮定します。
甘い物を欲するのは、過去にその女性が同様のケーキを食べて、そこに快感を感じ、目の前にケーキがあらわれたときに食べたくなるという欲求です。
(これが甘い物が大嫌いな人ならそのような欲求はわかないでしょう)
これが一つのカルマです。甘い物に良い印象をいだき、また食べたいと思った事のある女性にとってケーキがあらわれたときに食べたいと思うのは宿命なのですw
それとは別に、
●テレビや雑誌の情報で、美しいスタイルのいい女性がちやほやされるのを見て憧れる。
そして、スタイルを良くするにはダイエットをしているという情報をキャッチし、甘い物を食べ過ぎるのはよくないという情報が入ります。
そこで憧れに近づくために、甘い物を普段から我慢するという努力をしているとします。
そのとき、目の前にケーキがあらわれたらその女性はそのケーキを避けようとする思いが生じます。
これがもう一つのカルマです。ダイエットをしているという女性にとって、目の前にケーキがあらわれたときに我慢しなきゃという思いが生じる宿命なのです。
(ダイエットについては知識がベースなのもあり動物にはないカルマですし、たとえば食べ物に困窮している地域の人には生じないカルマかもしれません)
見てきたように、カルマはひとつだけではないのです。
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よく考えてみれば分かることでしょうが、私たちは沢山の情報社会にいて多くの人や社会の影響を受けています。
その中で、様々な印象を刻み込んでいるというのが現実でしょう。その印象が新たな種を生みその後の選択に影響するでしょう。
先ほど見てきたように甘い物を食べる事一つにしてもいくつかの選択肢があらわれるのです。
そこでどの選択肢を選ぶか?がカルマの動的な側面である運命ということになります。
ここではダイエットが良い悪いの話をするわけではありませんが、例えば甘い物を我慢することを選ぶ事により、特定の未来が運命付けられるのです。
ここまで話したように、私たちの目の前には選択肢があります。いくつものカルマが折り重なって様々な多様性が生まれるのです。
選択があるからこそ、悩み、迷い、苦しむ事もあるでしょう。
それは個人のカルマだけでなく、個人とつながった他者のカルマや地域のカルマ、社会のカルマも巻き込んで、選択肢としてあらわれます。
その選択がまた未来につながっていくことは言うまでもありません。
では何を選べばいいのか?
そこにヨガや仏道の教えがあるのです。
ヨガや仏道は人々の悩みや苦しみをなくし、幸せになる道を説いてきました。
それはある特定の種は苦しみの原因になる。
ある特定の種は幸せの原因になる。
という法則を見つけたのです。
ここでは深く話すと長くなるので簡単に話しますが、苦しみをなくし、幸せになる道にも二つの視点があるのです。
●一つは良い環境や良い徳を積み上げるという視点。(善い種を蒔いていく視点)
●一つは執着や嫌悪の印象を取り除いていく視点。(苦しみの原因になる種を取り除いていく視点)
良い環境や、良い徳を積み上げていく視点からは、悪行を為さず、善行を為すこと。
これはヨガでも仏教でも戒律があり、それにそって生活をするという道があります。
これはどういうことかというと、悪行を為さないことで悪い方向に働く傾向を将来的になくしていくこと、また善行を為す事で良い方向に働く傾向を作っていくことです。
先ほど選択肢の話をしましたが、例えば泥棒はお金がなくなったら人の物を盗むという選択肢があるから、良い心が少しでもあったとしてもそちらを選ぶのです。
もしかすると泥棒でなくても人の物を盗るという選択肢は人に生じる事があるかもしれませんが、良い心が強ければ、そちらを選択することができるのです。
だから選択するときのコンディション作りを悪行を為さず、善行を為すことによって形成していくという見方もできます。
補足ですが、ヨガや仏道で説いている善悪とは何かについても少しだけ話します。
それは自分や他者にとって好ましくない経験に繋がる執着や嫌悪やそれらの原因となる考え方や行為が悪で、自分や他者のトラブルや苦しみの原因である煩悩を除き解放に導く教えや行為が善という見方ができるかと思います。
また執着や嫌悪の印象を取り除いていく視点からは、ヨガや仏教の智慧の側面を学び、修めるということになります。
この話はここで話すのは難しいのでまた機会があればお話をしたいと思います。
もし興味がある方は、ヨガの哲学の本や、仏教の中でも特に「空と縁起」をテーマとした本を読むとよいかと思います。
僕もこの話をこのような場で話すには修行不足ですので、直接お会いしたり、メールのやりとりなら出来る事もあるかもしれないので興味あればご一報ください。
最初に行為の結果や印象は潜在意識に種を蒔くと言いましたが、そのような善悪のカルマが潜在意識にインプットされ、未来へ繋がっていくのです。
できる限り悪いカルマを蓄積する(執着や嫌悪を伴う考え方や印象などから行為する)のではなく、出来る限り善いカルマを蓄積する(智慧や慈悲を伴いまたそれらが増大する教えを学び修行する)ことが大切なのです。
ご質問があれば、コメントでもメッセージでも大丈夫なのでご遠慮なく。
屋形島ゲストハウスオーナー
Takeshi
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オンライントークを見たかったという声を多くいただいていますので、
また再度、同じテーマにてオンライントークを開催します!
ロータススタジオ代表 Masmai
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